笑わせる「ひやっしー」

前回、脱炭素は科学的根拠がなく無意味であると述べたが、CO2温暖化説を無邪気に信じたのかどうか知らないが、「世界最小のCO2回収装置」とする「ひやっしー」の記事が、朝日新聞に載った(https://www.asahi.com/articles/ASRDH0F09RCWPLBJ003.html)。この記事には、山下誠・名大教授の的確な批判も載っているが、一方で「スゴイ!天才」「衝撃と歓喜!」と言った賞賛の声もあるらしい。私は、この記事を見た瞬間に吹き出した。

まさに、噴飯物と言うしかない。

むろん、山下教授の指摘が正しいが、手元には水酸化ナトリウム製造のCO2原単位などのデータがないので、経済計算で別途検討してみた。その根拠は、一般に、高いものほど製造などにエネルギーを多消費していると言う経験則による。考えてみればある意味当然で、人間の活動には何らかのエネルギー消費が伴うから、エネルギー多消費なものは高くつくはずなのだ。

例えば、金が高いのは、鉱石中の含有率が低いため、多量の鉱石を掘り出し、含まれる僅かな金を抽出するために多量の労力とエネルギーを消費するからだ。鉱物資源は一般にそうであり、工業製品も、手間ヒマかけたものほど値段が高いのが普通である。

なお断っておくが、物の値段は製造時のエネルギー消費量だけに比例するものではない。何らかの希少価値があれば、物の値段は上がる。例えば、ただのバットと大谷選手が本塁打を打ったバットでは、製造原価や製造エネルギーが同じでも値段は全然違ってくる。この種の例は、除外して考える。

さて、ひやっしーである。使用する化学基礎物質の価格をネットで調べてみた。

炭酸ナトリウム  無水500g :890円  Na2CO3:106 g/mol

              890円/500g ×106 g/mol=188.7 円/mol

水酸化ナトリウム 1mol/L  1L水溶液 2813円     そのまま2813円/mol  

実際には、CO2を1モル吸収するには、NaOHが2モル要る。化学式では

     2NaOH+CO2→Na2CO3+H2O

      5626円    189円

つまり「ひやっしー」とは、5600円以上するNaOHにCO2を吸収させて189円のNa2CO3を製造する過程に過ぎないわけである。要するに、大損。エネルギー計算で検討しても、大筋こんな結論になるはずだ。この場合、CO2の1モル=44gを吸収するのに正味5437円かかっている。つまり1グラム当り123.6円、1トン(=10の6乗=100万g)当りでは123.6×100万円=約1.2億円かかる。大規模にやれば多少コストダウンできるとしても、これではお金がいくらあっても間に合わない。

ちなみに、CO2を地中または海底に沈めるCCS事業の目標コストはトン2万円である。私の見立てではこんなに安く出来ないと思うが、トン10万円もかかったら実用性はないだろう。また、排出権取引の現状の相場はトン数千円だそうだ。これでは皆が排出権取引に飛びついてしまう。CO2自体は何も減らないのにお金だけ流出する、この詐欺まがいの事業に・・。

「ひやっしー」の発案者は、東大理1から工学部に進み、その後中退、在学中に東大で講義したこともあるそうだが、私から見ると、この人の頭脳は計り知れないというか、どうかしている。

「ひやっしー」への批判についても「科学の尺度だけで計れないビジネスの話をやっているので、科学界からの批判はあるかもしれないが、そうやって研究停滞させていたら何も解決しない」と主張しているそうだ。

しかし、この主張には致命的な欠陥がある。研究開発というのは、科学的に正しいことを基礎に行うものなので、科学を無視した研究は「似非科学」に過ぎなくなるからだ。つまり、科学の尺度で測って間尺に合わないものは、研究するに値しないということ。その種の試みは、やればやるほどオカルト魔術に近付いて行く。実際、彼の方法ではいくら試みても「何も解決しない」。

やっしーで回収したCO2を含んだ使用済みカートリッジは「ラボで保管している」そうだ。回収したCO2から石油代替燃料をつくる構想を掲げているが、実現していなのが現状だ、と。

実は、CO2から石油代替燃料をつくる試みは、既に盛んに行われている。合成メタンとかe-fuelと呼ばれるのがそれで、要するにCO2を水素(H2)で還元してメタン(CH4)や炭化水素(CnHm)を合成するのである。いずれにせよ、何らかの形でCとOを引き離しHをくっ付けないと燃える燃料にはならないので、どんな方法を採るにせよ、エネルギー多消費プロセスになり、必然的に高いものにつく。強く結びついているCとOを引き離すのに高温が必要だし、Hをくっ付けるには水素製造プロセスが必要で、これもエネルギー多消費が避けられないからである。

例えば、アンモニア(NH3)合成にはN2とH2が必要だが、前者は空気から比較的簡単に分離できる一方、後者は作るのに苦労する。故に、アンモニア製造原価の大きな部分は、水素製造コストになる。

そもそも水素製造法は、かなり以前から研究されてきた。私が化学工学科の学生だった頃、ゼミで水素製造プロセスの専門論文を読んだことがある。多数の製造法提案があり、それら各個を分析・評価した論文だった。それは50年近く前の話だが、水素製造法はその頃までに研究され尽くした観があり、実際その後大きな進展はない。要するに、メタンその他の炭化水素を水蒸気改質する方法がベストである。この場合、炭化水素中の炭素は、必ずCO2になる。

だから、CO2を改質するためにこの方法で水素を作るのは、正味でCO2削減になることはあり得ず、本末転倒になる。

CO2を出さずに水素を得る実際的な方法は、水の電気分解だが、食塩水を電解するのがNaOHであり、気相にはH2とCl2が発生するが、この方法では実質的にCO2削減にならないことは上記の通りである。

ましてや、Na2CO3のような「塩」になってしまったCO2から燃料を作るのは、もっとずっと難しい。まずは塩を分解してNaとCO2に分けないといけないから。無水Na2CO3の融点851℃、沸点1600℃とあるが、分解温度はデータが見つからない。測定例がないかも。数千℃以上か?

水に溶かして塩酸や硫酸のような強酸を加えれば弱酸の炭酸(H2CO3)が遊離してCO2を回収できるが、これでは元のCO2に戻すだけなので、何をしているのか訳が分からない。NaOHに吸収させなければ良かった、ということになる。

まとめると、CO2をNaOHに吸収させ、回収したCO2から燃料を作る試みは、エネルギー的にも経済的にも技術的にも、上手く行く見込みは全くない。

まあ、普通に化学を知っている人間から見たら、CO2とNaOHを反応させて塩を作ってしまったら、その後はないことくらい、常識で分かるはずだ。はい、ご苦労様、と言う話。

「いや、常識を疑え!常識を超越してこそのブレークスルーだろうに」と言う考えもあるだろう。そう思う人は、どうぞご随意に。私の考えでは、疑ってどうにかなる常識と、どうにもならないものが厳然として存在するのがこの世の中である。