核融合をめぐって

最近、核融合を有望視する報道・論説等が多く見られる。例えば「核融合ベンチャーが10年で実現は本当か」(https://agora-web.jp/archives/240126010709.html)とか「核融合発電「原型炉」開発着手へ、量研機構が主体に」(https://newswitch.jp/p/40257)とか「レーザー核融合は実現するか」(https://newswitch.jp/p/40257)などなど。しかし長年この問題を追いかけてきた私の目には、昔と同じことがまた起きているようにしか見えないのだ。それは以前、アゴラにも書いたことがある(https://agora-web.jp/archives/2053108.html)。以下、大半その再掲だが、一部を加筆訂正した。

「地上に太陽を」との触れ込みで売っている核融合だが、その歴史は案外古い。核融合の直接的な応用である水爆の実験が成功したのは1952年。すぐさま応用できると考えられて、インドの原子物理学者バーバが「20年後に核融合は実用化されて、人類のエネルギー供給を賄うのに充分となる」と予言したのは、1955年のことだった。しかしその後、20年はおろか50年経っても核融合で発電できるとの見込みは全く立たなかった。今、南仏に建設中の実験炉ITERでさえ、1985年に提唱され、途中米国が離脱するなどスッタモンダあった末、39年後の2024年現在でもまだ着火したとは聞いていない。なぜだろうか?

一つには、本物の核融合を起こす条件が厳しくて、容易に到達できなかった。最も反応しやすいとされる重水素(D)と三重水素(T)の反応でさえも、温度は1億℃以上でプラズマ密度と閉じ込め時間にも条件がある(ローソン条件)。3条件のうち一つだけなら近い所まで行った例はあるが、全部を満たした実験施設はまだない。

1億℃と簡単に言うが、想像もできないような高温である。我々が工学的に扱う高温としては、せいぜい数千℃が限度で、それ以上になると物質は固体→液体→気体(蒸気)からさらにプラズマ状態になる。1億℃に近いような高温ではどんな容器も溶けてしまうので、プラズマを強力な磁場で閉じ込める。その磁場を作る超伝導磁石で良いものができた、とかのニュースはあるが、それだけでは核融合の実現へは、実際にはまだまだ高い壁がある。

一つは「本物の核融合」が起きると、ヘリウムと中性子が大量に発生して、プラズマを閉じ込める真空容器の材料が、中性子放射でボロボロになってしまうこと。そのため、従来の核融合プラズマ実験では「本物の反応」が起きない水素を使って、高温プラズマの特性などを調べていた。つまり「核融合ごっこ」に止まっていた。今度のITERでは「本物」をやるつもりのようだが、現在最先端を走るトカマク型(ITERもその一つ)では、長時間の連続運転が難しい。ITERの実験でも、目標は1000秒間燃やすこと、となっている。それで、ITERの役目は終わる!1000秒も中性子線を浴びた炉壁材料は、おそらくもはや使い物にならず、放射性廃棄物の山が出来上がる。核融合は核廃棄物が出ないと言う話は、全く信用できない。

さらに、ITERでは発電も行わないそもそも、発電方式が決まっていないからだ。核融合は超高温・高密度下で進む。そこで得られたエネルギーを利用するには、炉内のエネルギーをどう取り出すかが難題である。一応、概念的には炉からの発生熱でプラズマを囲んでいる液体リチウムが加熱され、これを蒸気発生器に導いて発電することになっている。しかし、蒸気で発電する場合のボイラー温度は、高くても数百℃のオーダーだが、核融合炉内温度は1億℃以上。この温度差は熱工学的には非常に困難度が高い(1万℃の高温物質を扱うのさえ容易でないのに)。プラズマから直接発電する方式も考えられているが、未だ概念設計にさえお目にかかっていない。

もし、発電のためにプラズマの一部を抜き出したら、炉内の温度・密度は一気に下がるから、再度エネルギーを注入して臨界状態に戻さないと行けない。そのための電力は40万kWと見込まれる(「プラズマ生成と加熱電流駆動に必要な準定常電力40万kW、定常電力23万kWと言う記述がある)。100万kW級の発電所が近くにあっても、その6割が持って行かれる計算になる。

文科省核融合研究関連サイト(https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/iter/019.htm)には、そんな問題点は書かれていない。唯一、正直に書いてある点は、核融合の達成にもリチウムを使うことである。三重水素(トリチウム:T)の生産のために、リチウムに中性子を当ててヘリウムとトリチウムを生成するのである。このリチウムは米国とアフリカに偏在する資源で、絶対量も少ない。重水素は、不純物の多い海水から得なくとも、川や湖の水から得られるから、確かに充分にある。しかし、今度はリチウムが限定資源となる。この金属は、リチウムイオン電池にも使われるし、軍需物資としても重要なので、すでに奪い合いが始まっている。この他にも、核融合にはヘリウム、ニオブ、バナジウムなどの希少元素が大量に必要になる。「核融合は資源のない日本向き」は、明らかに誇大広告と言うしかない。

さらに、最近の報道では「燃料となる重水素は海水中に無尽蔵にあるから、資源的にも心配がない」とあるが、これは物を燃やすのに「酸素は無尽蔵にあるから心配ない」と言っているに近い。実際は、核融合関係者の誰も重水素など心配していない。トリチウムやリチウム・ヘリウムなどの安定供給が心配なのだ。

三重水素(トリチウム)をめぐっても、問題は多い。かつて2003年に、ノーベル賞学者の小柴昌俊氏らが「燃料として貯えられる約2kgのトリチウムはわずか1mgで致死量とされる猛毒で200万人の殺傷能力があります」として、ITERの日本誘致に反対する意見書を政府と青森県に出したことがあった。この意見書は当然のように無視されたが、結果的にITERは日本でなく南仏に建設されることになった。トリチウムは、福島原発事故処理水でも残留し、放出後は海に拡散する(半減期は約12年)。

原子炉などの開発は、一般に実験炉→原型炉→実証炉→商用炉と言う段階を踏む。高速増殖炉の場合は、フランスの「スーパーフェニックス」が実証炉段階まで進んだが、事故で実験炉まで戻った。日本の「もんじゅ」は原型炉だったが、これも事故を起こして廃炉になった。核融合炉のITERは、まだ実験炉の段階である。商用炉までは、まだ何段階もある。文科省のサイトでは、21世紀中葉までに実用化の目処、と書いてあるが、あと30年程度でそんな目処が立つのだろうか?

まして、最近は「あと10年」とかの話が多い。あと10年・・?多くの研究開発で「あと10年」というのは、実際にはかなり難しいと言う意味だ。本当に有望なら、数年以内に実用化するものだから。それに、なぜ10年かかるのか、その10年に何をやるのかが明確に示される例はほとんどない。実際には、10年も経てば多くの人は忘れてしまう。

核融合に関するマスコミ報道は、ずっと以前から「誇大広告」の繰り返しだったと断じて良い。1980年代から既に「最先端」「世界最高水準」「競争、一番乗り」「最高の磁界を」等々、今にも核融合が実現するかのように報じてきた。もちろん、研究者の責任が大きい。核融合研究にかかる経費は巨大なので、研究開発機関や大学等で予算を獲得するために誇大広告を繰り返したのである。しかしそろそろ、この巨大プロジェクトにかかる経費と、得られる便益について、客観的な評価が必要な時期が来ていると、私は思う。もちろん基礎科学研究は重要なので見捨てる必要はないが、今にも実現しそうだと宣伝して、研究費を稼ぐ時代は終わったと考える。