はだしのゲン

漫画「はだしのゲン」(中沢啓治、中公文庫コミック版)全7巻を読み終えた。広島県で長く平和教育の教材として使われていたのが、今年になって使用中止になり話題を呼んだため、気になって全巻購入して読んでみたのだ。

読んだ感想としては、これは全ての日本人、いや世界中の人々が読むべき作品だと言うことだ。戦争と原爆の悲惨さ・むごたらしさを容赦なく描いていて、見るのが辛い場面も多々あるが、これが戦争・原爆の実状なのだ。

そして、なるほど、広島県教育委員会がこの作品を学校教材として使いたくない気持ちを抱いたのも無理はないと思った。今の日本は、過去を忘れ戦争に突き進みたい勢力が大きな力を持っている。この作品が示す戦争・原爆の恐ろしさを、できるだけ遠ざけたいとする圧力が、教育委員会にも及んだとしても何の不思議もない。この動きは、安倍政権以後、ずっと一貫しているから。

この作品の中では、今の日本では公然と語りにくい問題についても触れている。天皇の戦争責任の問題だ。昭和天皇は、個人的には、確かに戦争を避けたかったかも知れない。しかし、天皇の名で戦争が始まり、結果的に数百万人が亡くなったのは事実だ。特攻隊で命を散らした若者たちも「天皇陛下バンザイ」と叫びながら敵艦に突入したに違いないのだ。また、それを強いられた。天皇が「終戦詔勅」を出したから全てが許されるものでもあるまい。それで、主人公のゲンは、中学校の卒業式で「君が代」の斉唱を拒否する。この場面は見ものだ。

更に言えば、昭和天皇は戦後、平和の尊さについては語ったが、自らの戦争責任については語らなかった。日本が再び「戦争のできる国」をめざす動きに、目立たない形で抵抗したのは彼の息子の平成天皇(今の上皇)である。彼と美智子皇后こそが、戦後日本の平和希求のシンボルだった。その意味で私は、このお二人を人間として尊敬する。ただし、天皇・皇后としてではない。その平和指向の姿勢のためか、明仁天皇は安倍政権には冷遇され、退位後は誕生日の休日が取り下げられた。昭和天皇の誕生日4月29日が今でも祝日であることと対照的だ。

この作品は最初から最後まで、息もつかせぬ展開が続く。あまりにも可哀相で、読むうちに、不覚にも涙がにじんでくる場面も多々あった。人間の酷薄さ、意地の悪さ、利己心の醜さなども情け容赦なく描いていて、戦争や原爆が人間をこれほどまでに酷くするかと思わせられるさまを十分描いている。実際、本当に嫌な人間が多数出てくる。主人公ゲンとその仲間たちは、何度も挫折しそうになりながら、何とかしぶとく生き抜いて行く。物語は、ゲンが希望を抱いて東京へ出発する場面で終わってる点が、救いだ。

この作品は、戦争に賛成する人も反対する人も、一度は読んだ方が良い。その上で、戦争や核兵器について、自分事として良く考えるべきだ。戦争を煽る人間に限って、自分は安全な所にいる場合が多いから。自分が、機銃掃射や焼夷弾爆撃や原爆被害を被る立場になって、考えてもらいたい。