大型連休は明けたが・・

大型連休なんて言ってたが、どうと言うこともなく過ぎた。何せこちらは29、3、6日と休日を3日も透析に費やしているので変わりようもない。春のお祭りの間は近所が騒がしかった。最終日の5日夜など、10時半を過ぎても騒いでいたので、苦情電話かけてやろうとしたが宛先が分からなかった。ヤフーの書き込みなど見ても、市内のあちこちで困っている様子が分かる。

今月は11~12日の法事旅行と18~19日の集中講義が二大行事。集中講義の資料作成は今週中が目処なので8、9日は主にそれに充てる。既に4回目なので前のスライドをそのまま使ってもやれるのだけど、その後の勉強内容を加えたいのでつい頑張ってしまう。

今の関心事は「グリーン成長」批判。再エネ等の脱炭素政策で本当に経済成長などが可能になるのか?と言う疑問への解答を探る試みだ。それには、そもそも経済成長とは何か?それを支える経済的「価値」はどのようにして生まれるのか?と言った、経済学の基本的概念をしっかり理解する必要がある。「グリーン成長論者」たちの議論の、どこが間違いなのかを、明確化したい。それにはやはり、柄谷のマルクス論が役に立つ。

今読んでいる「グローバル経済史入門」(岩波新書)という本も勉強になる。歴史を振り返ると、昔にも今と類似の状況が起きている。もちろん相違点も多々あるのだけれど。これらを学ぶことで今後への展望を考えやすくなることは確かだ。柄谷行人の考察も、歴史的事実をしっかり踏まえてのものが多い。

現時点での私の理解は以下の通り:

商人資本や金貸し資本は結局、大きなおカネを動かす産業資本に吸収され、さらに巨大な金融資本に成長した。産業革命以後、安価なエネルギーを使って重化学工業が発展した国が大きな経済成長を遂げる。つまり技術革新によって差異=剰余価値を求める方式が主流だった。しかし技術進歩は無限でないので、やがて停滞することになり、現にある差異から剰余価値を得る方向にシフトする。具体的には、産業資本に投資するより海外投資や金融投資に向かう。製造業が成長できなくなった国ではどこでも、資本は海外あるいは「フロンティア」に向かう。この「グローバリゼーション」の特徴は、金融資本への規制の解除、社会福祉の削減、資本の税や規制の縮小=規制緩和、すなわち後期資本主義の行き着いた末の姿としての「新自由主義」そのものであり、今の日本にもそっくりそのまま当てはまる。

「フロンティア」として以前は中国、インドなどだったが、今はこれらの国ではなく東南アジアやアフリカ諸国が対象だ。そこが尽きると地球上には「フロンティア」は無くなる。それで「宇宙」や「深海」などが新たな「フロンティア」となって、投資家からは熱い視線を向けられるに至っている。しかし、本当の「フロンティア」は投資に見合ったリターン=利潤をもたらすものであるが、宇宙や深海から投資に見合った利潤が得られるとはとても思えない。つまり「幻想」としての「フロンティア」。脱炭素による「グリーン成長」にも似た感想を抱く。

新自由主義の下では、資本が海外に向かい、国民=ネーションを切り捨てる方向に向かう。この時、「資本=ネーション(国民)=国家(ステート)」の近代世界システムを支えた三位一体体制が崩れる方向に向かう。

しかし、独占資本=国家がネーション(国民)を犠牲にしようとすると、しばしば大きな抵抗が生じる。それで昔から労働者・農民を保護する政策も模索された:米国では「ニュー・ディール政策」、ドイツ・日本などではファシズムの形で。例えばドイツのナチスは「国民社会主義ドイツ労働者党」であり、極右であるナチは、労働者や農民から大きな支持を受けたのだ。マルクス主義でも類似で、ロシアでは結局ボルシェビキプロレタリア独裁主義へ、中国では毛沢東の下で文化大革命などの不毛な「改革主義」に向かい、結局は建設的な動きにはならなかった。右も左も、極端化すると不毛で殺伐化し、碌な結果を生んでいない。

確かに、金融資本を規制し、富を再配分し、労働者=消費者を保護することで購買力を上げ、内需を拡大することが必要なはずだ。これを岩盤から支える理論が要る(私の中ではまだ出来ていないけれど)。これらは現在の新自由主義とは真っ向から反する考え方なので、今の日本では多数派でない。しかし後期資本主義が行き着いた後に、向かうべき方向はこれであるはずだとの確信はある。私が願うだけではなく、上記のように、新自由主義自体が、後期資本主義を壊す方向に働くからだ。資本主義が消えても社会や経済活動が無くなるのではない点が大切。

今後、資源が枯渇し人口も減って労働力=消費者も減って資本が増殖できなくなると、生き残りをかけて各国の資本=国家が死闘を繰り返し、第3次世界大戦になる可能性を否定できないが、これを避けるとすれば、憲法第九条の精神、つまり武力行使なしで紛争を解決する考えを世界で共有するしかないはずだ。もはや武力では何事も解決しない。

最近、仕事場ではウゴルスカヤと言う人が弾くバッハの平均律をBGM代わりによくかける。第1巻と第2巻両方を交互に聴いているけど、どちらもなかなか良い。彼女のゆったりとしたテンポ、深々と響く低音が心地よい。惜しいことにこのピアニストは40代でガンで亡くなってしまった。実演を聴いてみたかったなあ。彼女はあまり世に知られずに亡くなってしまったが、録音が残っているのが有難い。